うつ病初心者ライダーのつぶやき

うつ病回復期ライダーの、バイクと写真で綴るゆる日記。共感やちょっと役立つ情報もどうぞ。

【拡散希望】コンビニ駐車場での“みかん詐欺”?父の珍事件

今日、父がニューヤマザキ宗像朝町店の駐車場で、ちょっと衝撃的な体験をしてきました。

 

「1袋300円」の看板に釣られて…

駐車場で路上販売されていたみかん。道沿いには何箇所も看板には大きく「1袋300円」と書かれていて、釣られた父はそれを見て購入してきた。
店頭には大きな袋に入ったみかんがずらりと並んでおり、どう見てもそれが300円にしか見えなかった。

(大袋しか置いていなかったらしい)

1袋買うつもりで、500円を渡すとおつりの200円とともに、奥から出てきたのが・・・

しかし渡されたのは…?

ところが、実際に渡されたのは裏から出てきた、汚ったない5個入りの小袋
触ってみるとブヨブヨで、見た目もあまり良くない…。

一つのサイズは約5cmほど。

なんと、大袋の値段は1200円だったとか。
どう考えても、詐欺だろ

自分ならそこで文句を言うが、父は言えなかったらしくそのまま帰ってきたらしい。

許可は…?怪しい路上販売

しかも、その販売がコンビニ公認なのかは不明
これはちょっと詐欺まがいじゃないの?と思ってしまいますね。

こういうのは、盗品を売っている場合もあるみたいなので、買わないほうがいいです。
(ていうか普通買ってこないだろ)

感想

さすがの父も帰宅するなり怒り心頭の様子で、愚痴りだした。
(いや文句言って返してきたらいいじゃん・・・と思った自分がいた)

田舎の方だとこんな果物の路上販売見かけますが、買わないほうがいいでしょう。
(まあ全てが悪質とはいいませんが・・・買うなら道の駅なんかがいいかと)

皆さん気をつけてくださいね。

めっちゃ痩せた!ダイエット2ヶ月の記録



 

bike-hobby.hatenablog.jp

はじめに

ダイエットを開始して、二ヶ月が経過しました。
ここで経過報告をしたいと思います。

 

結構変化出始めていますよ。

体重の変化

  • スタート時:体重95キロ/体脂肪率34%
  • 1ヶ月目:体重87.4キロ(-7.6Kg)/体脂肪率30.1%(-3.9%)
  • 2ヶ月目:体重84.8キロ(-10.2Kg)/体脂肪率29.4%(-4.6%)

たったの2ヶ月でまさかの体重マイナス10キロ達成。
こんなに減るもんなのか・・・。

なんとウエストはマイナス24センチ!
いかに太っていたか!ですよね。

実践したこと

食事内容

本当にゆるいダイエットなので、特に変わったことはしていません。

  • 朝食は今まで通り
    (ここで抜くとエネルギー不足になる)
    • 食パン1枚(6枚切り)マーガリンとガーリックパウダー
    • 菓子パン2個
    • シリアル
    • おにぎり
    • 麦茶
    • 仕事開始時にモンスタエナジー1本(緑)
  • 昼食は自作サラダチキンとブロッコリー
    (週1で弁当食べています)
  • 間食は極力なしで
    (バイクツーリング先では普通に食べる)
  • 夕食は今まで通り
    (本当はここも少なくすれば、もっと減るが食べる楽しみはなくしたくない)
    • 白米(小盛り)
    • 汁物
    • 肉・魚料理(揚げ物も食べる)
    • キムチ
    • 麦茶

とこんな感じ。
焦ってここを厳しく制限しちゃうと、絶対長続きしないのでおすすめしない。

運動内容

これだけ。
今は真夏なので、外での運動はできません。
家の中でできる最低限の運動をやっているだけです。

これでもちゃんと効果出ているからすごいですよね。

気持ちの変化

これは前回とあまり変わっていませんね。
ただ、前に比べて脂っこいものを食べたい!という欲がほとんどなくなりましたね。

最後に

最終目標まであと、体重15キロ/体脂肪率9.5%!
これからもゆるーく気長にダイエットをやっていきたいと思います。

口内炎で地獄を見た7日間の記録

はじめに

この記事では、筆者が体験した“激痛口内炎”の発症から回復までの記録をまとめています。

「ただの口の中の傷でしょ?」と甘く見ている人にこそ読んでほしい。
たかが口内炎、されど口内炎――マジで生活が変わるぞ。

 

発症のきっかけ

  • 発症日:2025年6月9日

  • 直前に食べたもの:硬めのスルメをガジガジ噛んでた(←完全にフラグ)

  • 場所:右頬の内側(奥歯のあたり。食事のたびに当たって悶絶)

  • 状況:食後から違和感 → 翌朝には激痛へ進化

症状の詳細

  • 白くただれたような見た目

  • 会話・食事中もズキズキ痛む。うがいさえ絶叫レベル

  • 食べ物がしみるし、口を開けられないから地味にメンタル削られる

経過まとめ(時系列)

◆ 発症の一週間ほど前

ダイエット中、小腹対策に「カムデー」というスルメにハマる。
低カロリー&よく噛むから腹持ち良くて最高!……と思ってた。

◆ 6月9日

朝に違和感。夜には激痛。
座ってる時は平気だが、横になると地獄の痛みで眠れず。
原因不明(歯肉炎?虫歯?)だったため、歯医者を予約。

◆ 6月10日

激痛の中、なんとか出勤。
帰りに「ロキソニンSプレミアム」を購入。
睡眠導入剤ロキソニンのコンボでなんとか就寝成功。

◆ 6月11日

薬が効いているのか、痛みはほぼなし。
ちょうどこの日はヴォクシーユーザー車検。問題なく終える。

◆ 6月12日(誕生日)

誕生日なのに激痛との戦い。ワイン買ってたが手を付けず。
夜は痛みがMAX。寝られず朝を迎える(これマジでキツかった)。

◆ 6月13日

やっと寝られたと思ったら、昼から再び激痛。
ついに観念して耳鼻咽喉科へ。

処方されたのは「デキサメタゾン口腔用軟膏0.1%」。
調べると、なかなか強めのステロイド軟膏らしい。

夕食後、綿棒で塗ってみたら…悶絶級の激痛!
けど30分後にはまさかの“無痛”に。これはすごい。

その晩、関節痛&発熱感で目が覚める。体温38.1℃。
解熱剤も考えたが、体調自体は元気だったので自然回復に任せる。

◆ 6月14日

ほぼ無痛!
歯磨きしても痛みナシ。仕事も普通にこなせた。
「治ったかも?」という希望が見えてきた日。

◆ 6月15日

起きた時にほんの少し痛みがあったが、
塗り薬を使えばすぐに無痛に。
もう完治目前!

おわりに

今回の口内炎で思ったのは、
**「口内炎、ナメてかかると地獄を見ます」**ってこと。

ちょっとでも違和感があるなら、早めのケア&診察を。
我慢せず、薬や医者の力を借りるのが一番!

バイク乗るならプロテクターは絶対つけろ!俺のガチな体験と想い

こんにちは!
バイク歴はまだ半年だけど、毎日のように感じてることがある。バイクは楽しいけど、その分危険もデカい。特に俺みたいな初心者にとって、事故の恐怖はいつも隣り合わせだ。だからこそ、安全装備、特にプロテクターの重要性を誰よりも強く実感している。今回は俺の体験談と想いを、リアルに伝えたいと思う。

プロテクターをつけない奴の言い分と俺の考え

世の中には「俺は上手いから事故らない」「暑いしダサいから付けたくない」とか言う奴が結構いる。
だけどバイクは、どんなに技術があっても予測不能な危険が必ずあるんだ。 事故はいつでも誰にでも起こりうるものだと覚悟しなきゃいけない。
俺は、脊椎損傷で下半身不随になった人の話も聞いたし、その人が「プロテクターさえあれば」と後悔しているのを知ってる。
だから、「自分だけは大丈夫」なんて甘い考えは絶対に捨てるべきだ。

プロテクターは命を守る最後の砦

確かにプロテクターを付けたからといって、100%無傷で済むわけじゃない。
でも、付けてない時に比べて致命傷や大ケガのリスクは確実に下がる。
俺は「バイクは楽しいけど、命あってのバイク」だと心の底から思ってる。
だから、たとえ暑くてしんどくても絶対にプロテクターはつける。つけないなら絶対に乗らないと決めている。
これは命を守る最低限のルールだ。

仲間の暴走癖と俺の安全運転の決意

俺の周りにも速さを誇って飛ばしまくる奴がいる。
正直、見ていて冷や冷やするし、いつか事故ると思ってる。
だから峠や高速に入る前には、そういう奴らを先に行かせて、俺は絶対に無理せずゆっくり安全運転を心がけている。
「事故るなら単独で、絶対に他人を巻き込むな!」って、これは本気で思ってる。
自分の命も大事だが、周囲の命も守るのが本当のライダーの責任だ。

バイクは楽しいけど、無茶する奴はバカ

俺だってバイクに乗るのは心の底から楽しい。
だけど「どうせ死ぬし楽しければいいや」なんて考えはバイクに乗ってる間は絶対に捨てている。
毎日「無事故で帰ってこれた!」って自分を褒めるくらい、安全第一で走ることを意識している。
そういう当たり前のことを「当たり前にできる」やつは、案外少ないんじゃないかと思う。

事故動画や体験談から学んだこと

免許を取る前に、俺は何百本もの事故動画を観てきた。
「本当に乗るべきか?」と半年以上悩んだ末に乗ることを決めたけど、事故のリアルさと恐ろしさは身に染みてわかっている。
だからこそ、いつ何が起こっても後悔しないように、最善の準備と安全運転を続けている。
楽しいだけじゃない、命をかける遊びだからこそ、真剣に向き合う必要がある。

最後に

もし「お金がないから装備を買えない」とか言う奴がいたら、俺はハッキリ言いたい。
「命を守るための装備にケチるな!」
これだけは絶対に譲れない。
だから俺は心から「プロテクター義務化しろ!」って思っている。
事故はいつ誰に起こるかわからない。
その時に後悔しないように、装備だけは絶対に手を抜くな。
俺はこれからもずっと命を守るために、プロテクターは必ずつけ続ける。

うつ病からの挑戦!元自動車整備士が語る車好き→バイクライフへのリアルストーリー

はじめに

どうもこんにちは
僕は自動車整備士の資格を持ち、元々車が大好きで、長年車に乗ってきました。
でも、うつ病を経験しながら、最近はバイクにハマっています。
今日は僕の「車好きだった少年時代から、うつ病を乗り越えてバイクに挑戦し、今の生活に至るまで」のリアルなストーリーを包み隠さず話します。

1. 物心ついた頃から車好きだった僕の幼少期

正直、いつ車好きになったのか覚えてないくらい、幼い頃から車に夢中でした。
周りの男子がウルトラマンや戦隊モノに夢中になる中、僕は一度も見たことがなくて(笑)、代わりにトミカ集めに熱中。
トミカの信号機のおもちゃ、ボタン押すとライトが変わるやつが好きで、何度も壊しては買い直してもらってたんです。
父の影響も大きくて、小さい頃からドライブに連れてってもらい、ナンバープレート読み上げたりしていたそうです。

2. 中学から頭文字Dにハマりスポーツカー好きに

 

小学生の頃はトヨタのクラウンやセルシオといった高級車のエレガントに走る姿に憧れていました。
でも中学の時に『頭文字D』に出会い、一気にスポーツカー好きに変わりました。
藤原拓海に憧れて、いつの間にか峠を攻める走り屋文化にどっぷり。
頭文字Dは1stから4thまで、多分1万回以上見て、何期の何話にどのユーロビートが流れたか即答できるくらいでした(笑)。
(今はもうわからんww)

3. ニコニコ動画での実況車載動画とS15シルビアへの憧れ

中学後半からニコニコ動画にハマり、特に実況車載動画が流行っていました。
S15シルビアオーテックバージョンに乗る人の動画が好きで、ずっと見ていました。
その影響で、18歳の誕生日を迎えると同時に教習所へ通い始め、高校最後の夏休み全部潰して免許を取得。

4. 初めての愛車S15シルビア スペックSは1年持たずに…

父に無理を言って買ってもらったS15シルビア スペックS。
でも適当に買ったせいで、1年も経たずに壊れてしまいました。
手放さずに車検切って置いておけば良かったと後悔しています。
今手に入れたら絶対に手放さない!って強く思ってます。

5. 軽自動車時代と峠、ミニサーキットの熱い日々

次に乗ったのは平成18年式スズキアルト(5MT)。
軽自動車の性能に驚き、峠を走りまくり、ミニサーキットでも全力で走りました。
ただ、事故も3回経験しました。
ABS非搭載車だったので、事故の怖さも痛感。
友人のノート(テンロクMT)とミニサーキットで走り、全力で煽ってアルトワークスのクラスに混ぜてもらうこともありました。
外からの歓声が嬉しくて、コケて廃車になってもいい!って思うほどヒートアップした日々でした。
そのアルトには4年間で12万キロ走り、最後は冷却水吹き出して終わりました。

6. HA36Sアルトとカスタム、けどしっくりこない理由

お金がないまま、次に買ったのはHA36SのNAアルト(5MT)。
一番下のグレードで手動ミラーやリアウインドウという癖のある車でした。
手動ミラーの使いにくさから上のグレードの電動ミラー部品を買い、ディーラー配線図を元に自作で配線。
車検ギリギリまでシャコタンにしたりアルミホイール履いたり楽しんだものの、何かが違う感覚がずっと残っていました。
理由はスズキのR06A新エンジンの特性が好きじゃなかったから。
高回転まで回して楽しめるK6Aエンジンが恋しかったし、黒い車体のメンテも疲れました。

7. 父の定年とミライースへの乗り換え、そして趣味熱が冷める

父が定年を迎え、ミライース(LA350S)を手放そうと話していたのを聞き、勢いで乗り換え。
オートマで運転の楽しさはほぼゼロに。
ヤンチャ運転から超エコ運転に変わり、車の趣味熱がすっかり冷めてしまいました。

8. うつ病回復期の新たな挑戦・バイク教習所通い

そんな時、うつ病が少しずつ回復しだして、何か新しい挑戦がしたくなりました。
家族や親戚にはお金の心配や事故のリスクでネガティブな意見をいっぱい言われましたが、心の中では絶対に辞めたくなかった。
普通自動車の免許を取った同じ教習所に通い、卒業生割引も効いてラッキー。
教官はなんと教官の全国大会2位の実力者。
原付すら乗ったことがなかったので最初は怖くて何度も転びましたが、丁寧に教えてもらい一発合格。
翌日には免許の併記を済ませて、2週間後に憧れのニンジャ250を納車しました。

9. 初公道は怖くて旧道チンタラ帰宅、それでも毎日乗り込む日々

初めての公道、車と違って怖くて怖くて仕方なくて、大きな国道を使わずわざわざ旧道でチンタラ帰りました(笑)。
でも、納車してからは雨の日以外は仕事終わりにひたすら乗り込んで体慣らし。
だんだんエンジン回せるようになってきて、12月には友人を誘って真冬のナイトツーリングにチャレンジ。
結果、寒すぎて解散後は土砂降り、低体温症寸前になりましたが、今では笑い話です。

10. 春の強風の日、糸島へのツーリングと都市高速での恐怖体験

4月、風速10m近い強風の中、糸島へ1人ツーリングへ。
帰りに怖いもの知らずで福岡都市高速に乗ってしまい、強風と風よけなしの区間で死ぬ思い。
止まれない・降りれない高速道路で、何度も「死んだわ」と絶叫しました。
あの経験から、「軽ければいいってもんじゃない」と痛感し、あの区間はもう絶対に走らないと決めました。

11. 煽られた車とのバトルと自分の成長を感じた瞬間

国道三号線で後ろから煽ってくる車に遭遇。
信号で停まった瞬間に4速13,000回転までエンジン回し、ガキみたいに熱くなって追いかけてしまいました。
結果、カローラ相手に負けるわけもなく、爽快感といい音に感動。

絶好のツーリング日和だったので角島大橋まで走ってきた

昨日のできごと。

朝起きると──
雲ひとつない、まさに快晴!

「これは…バイク乗るしかないっしょ!」
ってことで、朝10時からツーリングに出発!

目的地は 角島大橋

見てください、この絶景!!

スカイブルーの海に、愛車のバイク。
もう、最高すぎる…。

天気も完璧。これはテンション上がるやつ。

そして今回も、いつもの友人と一緒に走ってきました。

ちなみに今回は GoProを持参
そのうち動画編集して、YouTubeにアップするかもです!

最高の一日でした。

癒しの強奪!?ラブラドールと出会う動物カフェ体験記

カラオケのつもりが、まさかの展開

今日は友人とカラオケに行く予定だったんだけど、
お店がまさかの開店前。(てっきり24時間やってるもんと思ってた)
「せっかく出かけたし、どこか別の場所に行こう!」
ってことで、急遽気になっていた動物カフェに行くことに!

動物カフェの雰囲気と店員さん

 

店内はアットホームな雰囲気で、
店員さん(おばちゃん)がすごく話しやすい人だった。
初めての動物カフェでも緊張せずに過ごせたよ。

出会った動物たち

ラブラドールレトリバーヒョウモントカゲモドキ
ヘビ、ウサギ、インコ、文鳥、モルモット、ハムスター…
まさに癒しの動物オールスターズ!

なかでもラブラドールレトリバーのエピソードが強烈。
課金してオヤツをあげようとしたら…
「はいどうぞ」じゃなくて「バクッ!」って強奪されたwww
元気いっぱいでよろしい!ww

そのあと、ずっと付きまとわれたのもまた可愛い。
(かわいいストーカーさん)

癒しの瞬間たち

子うさぎが膝に乗ってきてくれたときは、もう…
完全に心がとろけました。

しかも、腕をめちゃくちゃ舐めてくるのです。
とっても癒やされる~

他にも、文鳥は手乗りしてくれるし(手の皮食べようとしてたけどw)

インコは2羽同時に乗ってきてくれてにぎやかだった!

鳥類って普段あまり触れ合わないから、なんだか新鮮でした。

あとは爬虫類もいて、ヒョウモントカゲモドキやヘビも。
(苦手な人を考慮して写真は載せませんが)
可愛かったですよ。

また行きたい!

動物とのふれあいはもちろん、
店員さんの雰囲気も良かったし、
これはリピート確定だね。
次は別の友人も誘って行こうかな。

 

ちょっと痩せたかも?ダイエット1週目のゆる報告と続けるコツ

はじめに

先週からひっそり始めたダイエット。
今回はその「1週間目のゆる~い経過報告」です!

まだまだ序盤だけど、ちょっと体にも気持ちにも変化が出てきた気がするので、振り返ってみようと思います。

体重の変化

始める前は、「減るまでもうちょっとかかるかな?」と思ってたけど、
やってみたら意外とすんなり7kgも落ちました。

エストもマイナス4cm。これはかなり嬉しい変化!

実践したこと

はっきりいって、厳しいことは何もしていません。

  • 朝食は特に変えていない(しいていえばリンゴ酢を飲み始めたくらい)
  • 昼食はカップ麺や弁当をやめて、ゆで卵やサラダチキンに
  • 夕食は白米を半分くらいに減らした。
  • 飲み物はほぼ毎日飲んでいたエナジードリンクを半分に
    (できるならシュガーレス
  • 毎日5000歩を目安に散歩

…こんな感じです。

あまりストイックにやっても続かないのは、自分が一番よく分かっているので、
あくまで「軽めに、無理なく」を意識して調整しました。

気持ちの変化

これまでは「食べたいときに、食べたいものを」って感じで、
たとえば山岡家に行きたくなったら、即GO!みたいな生活でした。

でも今は、それを少し我慢する習慣がついてきました。
そして、食べる前に「カロリー・脂質・糖質・タンパク質」の表示を見るクセがついたのが、自分でも大きな進歩だと思ってます。

続けるコツ

ダイエットって、正直キツイですよね。
食べたいものを我慢したり、運動の時間を作ったり…。

実は数年前にもダイエットをしたことがありました。
そのときは、ダイエットに強いと評判の漢方薬局に通って、
食事指導・体重管理・運動管理を受けながら、とにかくマズい漢方を飲むというものでした。

その時は、ちゃんと痩せました。-20kg!
でもね、あれを続けるのは本当に無理でした。
漢方は高いしマズいし、期間が終わったらあっという間にリバウンド…。

だから今回は、**「続けられる範囲でゆるくやる」**を選びました。
きっと、これが自分にとって一番合ってる方法です。

原動力について

ちょっと言い方は悪いかもしれませんが…
街中で自分より太っている人を見かけたとき、
「自分はああなりたくないな」と思うことがあります。

その気持ち、実はモチベーションのひとつになってます。
もちろん人と比べることだけがすべてじゃないけど、
「こうなりたい・なりたくない」の気持ちは、大事にしています。

最後に

ダイエットって、つい結果を急ぎたくなるけど、
今回は「楽しみながら、ゆるく継続」をモットーにしてます。

来週もまた、変化があったら報告しますね!
同じように頑張ってる人がいたら、一緒にゆる〜く続けましょう☺️

うつ病と向き合った10年の記録

はじめに

このブログ記事は、10年前にうつ病を患い、そこから10年間、自分なりにもがきながら過ごしてきた記録です。

なぜ今この話を書こうと思ったのかというと、「ようやく話せるようになった」から。
そしてもし、今うつ病で苦しんでいる人がこれを読んで、ほんの少しでも気が楽になったり、未来に希望が持てたりしたら――そんな思いで綴ります。

正直、長いです。暗い話も多いです。
でも、これは全部、自分の人生で実際に起きたことです。

第1話:初めての就職、そして心が壊れた日

専門学校卒業、初めての社会人

専門学校卒業して就職したのは某カー用品店チェーン。
もちろん整備士としてね。

しかもいきなり配属になったのは、県外。

一人暮らしも、就職も初めての経験。

幸いにも先輩方は優しく丁寧に仕事を教えてくれました。
「これならやっていけそうだ!頑張ろう!」
そう思って、毎日メモ帳片手に仕事を覚えていった。

そして世間はゴールデンウィーク

世間は連休モード。
もちろん私は仕事でした。

ひっきりなしに入庫してくる車。
一日中動きっぱなし、昼飯を食べる余裕すらない。
ヘロヘロになりながらも、なんとかGWを終えた。

段々と狂い始めた歯車

そんなある日の朝。
会社に行こうと支度を始めたのに、体が動かない。
気持ちが沈み、涙が出てきた。

「疲れてるだけかな」と思い、涙を拭いて無理やり体を動かして出勤。
でも、翌日も、またその翌日も、毎朝のように涙が出てくる。

「さすがに何かおかしい」
そう思いながらも、この日を頑張れば明日は休みだと自分に言い聞かせて出勤した。

その夜は実家に帰ることにした。
そして、アパートに戻ろうとしたとき――

なぜか、突然大泣きしてしまった。
自分でもびっくりした。

今思えば、もう心が崩壊寸前だったのかもしれない。

このとき、何かを察した母が一緒にアパートまで来てくれた。
(成人してるのに…情けないとは思ったけど、それ以上にありがたかったな)

そしてうつ病

こんな私を心配した母は、なんと半月近くも一緒にいてくれた。
うつ病を経験していない人から見ると、ネガティブに思われるかもしれないけど)

母なりに色々調べてくれて、私の休みに合わせて近所の心療内科の予約を取ってくれた。

そして、当日。

心療内科を受診すると、先生は私の顔を見てこう言った。

「今まで、辛かったでしょう。よく頑張りましたね。」

この一言で、泣きそうになった。

そして先生は続けて言った。

「あなたは、かなり重いうつ病のようです。

お仕事は、しばらく休んだほうがいいでしょう。」

正直、自分でもなんとなくそんな気はしていた。
でも、入社してまだ2ヶ月。
そんな状態で「休ませてくれる会社」なんて、あるわけがない――そう思っていた。

店長に相談、そして絶望

翌日、出勤して朝一で店長に「うつ病と診断を受けてしまいました」と伝えました
で、返ってきた言葉は「だから??」の一言。

……は?と思った。
いや、いやいやいや、何かひとことあるだろ?って思った。
でも、返ってきたのはその一言だけ。

場所を変えて店長と話をしたときに、「続けるか辞めるか明日までに決めてこい」と言われたのです。

あんなに優しいと思っていた店長だったのに、その言葉は本当にショックだった。

もうボロボロ状態だった私にとっては「辞める」以外の選択肢なんてありませんでした。

その日はもちろん落ち込みつつなんとか仕事を終えました。

実は“選択肢”はあったらしい

その翌日、辞めることを店長に伝えにいきました。
その日の夜には「退職届」を書き終え、翌日提出。

いつだったか記憶が曖昧なのですが、突然店長から「実家近くの店舗に移動することもできるけど」みたいなことを言われたのです。

でも、もう遅かったんです。
限界は、とうに超えていました。

あのとき、もしも「続ける」という選択肢を選んでいたら――
きっと私は今ここにいなかったかもしれない。
そう思います。

退職までの地獄の時間

辞めるまでの数日は、まさに“無の境地”。
もう感情もなにも無かった。
職場の人と話すのもつらくて、ただただ耐える毎日だった。

一瞬の晴れ間

なんとか耐えて、退職の日。
(一瞬だけど)今までのが嘘のように晴れたような気分になりました。

実家に帰ったあとは、家族が気晴らしにと、唐戸市場に連れて行ってくれたりして気分転換ができていた・・・はずだった。

先生からの呼び出し

唐戸市場から帰ろうと車に乗ったとき、スマホが鳴りました。

電話に出ると、専門学校のときの先生でした。

「もう辞めたのか!?さっき担当者から連絡が来て知った」
「話があるので◯月×日に学校に来なさい」と言われて、テンションだだ下がり。

知ってはいたが、行ってみると説教タイムでした。

「たった2ヶ月で辞めるなんて何を考えてるんだ!俺のつてで行ったのに、恩を仇で返すのか!」って。

わかってますよ。私だって後悔してるんですから。と言い返したくなりましたが、
早く帰りたかったので平謝りしました。

だけどついつい悔しい思いと怒りに任せて、校舎から出るときに愛車でクラッチミート。

「キュルキュルキュル!!!!!」という音を響かせて出ていきました。

本格的に、うつ病が始まる

それからしばらく、部屋の中で天井を見続けるだけの毎日が始まった。
外にも出られず、誰とも話さず、ただただ無気力な時間を過ごした。

でも、少しでも気分が良い日は、次の日のことなんて考えずに車で走り続けた。
そのせいで愛車は、たった4年で12万キロも走った。

旧友と再会も絶交することに

地元に戻ってきてから、専門学校時代の友人と再会して遊んだ。
もう1人は幼稚園時代からの長い付き合いの友人だった。

でもそのとき、専門学校時代の友人がとんでもないことを言った。

うつ病なんて甘えてんじゃねぇよ」

さすがに頭にきて、

「こっちの事情も知らんで適当なこと言うんじゃねぇよ!もう絶交だな、ここで降りろ!」

って言って、その場で車から降ろした。
幼稚園時代の友人もさすがに怒ってたよ(ほぼ初対面だったのに)

地元の心療内科に変更

最初に受けたのは県外の心療内科

さすがに再診のたびにそんな遠くまで行けないということで、
病院を変更した。

そこで出された薬を飲みながら、療養を続けた。

就労支援A型事業所での再スタート

仕事を辞めて約1年。

良いときはドライブ。悪い時は天井を見つめる。そんな生活をしていた私に
母がとあるチラシを持ってきた。

「ここ、行ってみたら?」と差し出されたのは、就労支援A型事業所のチラシだった。

正直、またあんな風に潰れてしまったらどうしよう、って不安の方が大きかった。
でも母は、自分の不安をよそに、半ば強引にハローワークへ連れて行った

そして、見学へ行くことに。
ドキドキしながら事業所を訪ねたんだけど、雰囲気がすごく優しくて、ここならやっていけるかもしれない、と思えた。
その後、面談を経て、そこで働くことが決まった。

働けた日、少しだけ自信が戻った日

最初は週に数日、体調のいい日だけの勤務だったけど、だんだん慣れていって、少しずつ働ける日も増えていった。

自分が入ってからというもの、事業所の仕事量も増えてきて、ある日スタッフからこっそりこう言われた。

「あなたが来てから、事業所の収入、すごく増えたんですよ」

嬉しかった。
本当に、泣きそうなくらい嬉しかった。
必要とされるって、こういうことかって思った。

気づけばその場所で、2年間も働いていた。

新しい挑戦、そしてコロナ禍

もっと何かできるかもしれない、って気持ちが芽生えてきて、次のステップとして「障がい者能力開発校」に通うことを決意した。
プログラミングを学べるというのと、勉強しながら給料ももらえるということで、「これしかない!」って思ってた。

でも、そこで予想外の出来事が起こる。
そう、コロナ禍の始まりだった。

自習地獄、冷めてしまった情熱

入学式も中止、授業も始まらず、突然「これがテキストです。家でやってください」と言われる始末。

外出も自粛ムードの中、勉強は進まず、ストレスだけがたまっていく日々。
やっと授業が始まる頃には、もう心がついていかなかった。

そして、自分には合わなかったと感じて、静かにそこを辞めた。

二度目の無職、二度目のA型事業所

そのあと、また1年ほど無職で過ごしていた。
でも今は、別のA型事業所で在宅勤務という形で働いている。
月に一度だけの通勤で、それ以外は自宅で作業ができる。

このスタイルが、自分にはすごく合っていた。
ようやく、穏やかに働ける場所を見つけたんだと思う。

バイクとの出会い

約10年間、うつ病に振り回されてきた。
もちろん今でも落ち込むことはあるけれど、最近は少しずつ復活が早くなってきている。
ようやく「自分はもう大丈夫かもしれない」と思える瞬間が増えてきた。

そんなとき、また何かに挑戦したくなった。
それが――バイクだった。

車への熱が冷めた自分に残ったもの

もともと車好きで、車をいじったり運転したりするのが楽しかった。
でも、オートマ車に乗り換えてからは運転の楽しさが減ってしまって、だんだん車そのものに興味を持てなくなっていた。

せっかくいじった車もノーマルに戻したし

お金もかかるし、心がワクワクすることも少ない。
「何か他に楽しいことないかな」って、YouTubeを漁っていた時だった。

「マニュアルバイクはうつ病に効く」

ある日、おすすめに出てきた一本のバイク動画。
その中で「マニュアルバイクはうつ病に効く」と言っていた。

最初は「そんなバカな」と思ったけど、なぜか気になって、そこからどんどんバイク動画にのめり込んでいった。(実際にそういう研究結果もあるとかないとか)
POV視点のツーリング動画、バイクの選び方、整備方法、事故の回避方法、免許の取り方――まるで教科書のように全部見た。

バイクって、ただの危ない乗り物だと思ってた。
生身でエンジンにまたがって走るんだから、事故したらただじゃ済まない。
そう思ってたけど、動画を見ているうちに、どんどん惹かれていった。

免許を取るまでの日々

気がついたら、節約して免許代を貯めていた。
フルフェイスヘルメット、グローブ、シューズも揃えて、教習所へ申し込み。

初めて跨がったCB400SFは重くて、デカくて、怖かった。
でも、それ以上に楽しかった。

教えてくれた教官は、なんと全国2位の実力者。
当然、教え方もうまかったけど、こちらは原付すら乗ったことのないド素人。
何度も転んで、何度も怒られて、悔しい思いもたくさんした。

でも、バイクに乗りたい。その一心で、諦めなかった。

初めての愛車と検定の雨

第2段階に入ると同時に、自分の愛車「カワサキ・ニンジャ250」を購入。
そして迎えた卒業検定の日――まさかの大雨。
横の川は今にも溢れそうだった。

緊張しながらコースを走り、ギリギリ75点で合格。
あの瞬間、「本当に諦めなくてよかった」って心から思った。

教習所に通い始めて、わずか1ヶ月で卒業。
(これができたのも、A型事業所での4時間勤務のおかげ)

2週間後、念願の愛車が納車された。

初めての公道と、新しい自分

初めての公道は、正直怖かった。
でも、無事に帰ってこれた。

それからは、できるだけ毎日乗るようにした。
徐々に操作にも慣れてきて、今では「バイクって本当に楽しい乗り物なんだな」って思えるようになった。

これからも、いろんな場所に行きたい。
もちろん、無事故無違反で!

うつ病になる前に戻りたくて

うつ病になったことのある人なら、多少は経験しているとは思うが、
病院から処方された薬には副作用があるものが多い。
私はその薬の副作用によって20キロ近く太ってしまった。

元々痩せていたわけではないが、今では90キロ台だ。
うつ病のせいとはいえ、このままでは健康に害する可能性もあるため
回復期に入ったいま、少しずつ生活の中に運動を取り入れてダイエットすることにした。

それも無理はしない。続けることのできるものを。

標準体重?そんなのはどうでもいい、とりあえずうつ病になる前70キロくらいまで減らしたいと思います。

最後に

ここまで読んでくれてありがとう。
これは、うつ病に苦しみながらも、自分なりに前に進んできた約10年の記録です。

もし今、うつ病で悩んでいる人がいたら――少しでも、心が軽くなるように。
「こんなやつでも、なんとかやれてるんだ」って、思ってもらえたら嬉しい。

そして、いつかまた新しい一歩を踏み出せる日が来るように、心から願っています。

 

【ダイエット日記】ランニングシューズとメッシュキャップをゲット!公園で軽く歩いてきた

 

bike-hobby.hatenablog.jp

 

前回の散歩で足がものすごく痛かったので、
今回はランニングシューズを買いにヒマラヤへ行ってきました。

ヒマラヤに行くのは何年ぶりだろう。
中学のとき、テニス用品を買いによく来ていたのを思い出します。

シューズ売り場に行くと、種類が豊富すぎてどれを選べばいいのか全くわかりません。
いつまでも悩んでいても時間の無駄なので、店員さんに相談してみました。

私:「ダイエットのために散歩を始めたんですが、足が痛くて靴を探しに来ました」
店員さん:「どのくらい歩きますか?」
私:「30分から長いと2時間くらいですかね」
店員さん:「それならランニングシューズがおすすめですよ」

そしてランニングシューズのコーナーへ案内してもらいました。
店員さんは知識が豊富で頼もしかったです!

最初はナイキを見ていたのですが、店員さんが勧めてくれたのは1万5千円のモデル。
予算があれば欲しかったのですが、今回は1万円までしか出せません。

色々相談すると、1万1千円の別モデルを提案してくれました。
試着したのですが、横幅がキツすぎて断念。
店員さんも「これはキツイですね」と言っていました。

結構買う気満々だったので、ちょっと残念。

最終的に選んだのはニューバランスの4E幅のモデル。
履いた感じがぴったりで、値段も8,800円と予算内でお手頃。
普段買う靴の中では少し高めですが、満足の一足です。
ついでにメッシュキャップも購入しました。

帰りに近くの背板の森を半周だけ歩いてみましたが、
軽くて歩きやすく、とてもいい靴だと感じました。